『COOL』は、世界で活躍するアーティストやニューヨークで注目のアートシーンなどを紹介していくアートマガジンです。創造するということ、かっこいいものを見ること、そこから感じる何かを世界中で共感できたらおもしろい!文化が違うとこんな違ったかっこよさもあるんだ!そんな発見・感動をしてもらえるボーダレスなアートマガジンを目指しています。現在、全米各地やカナダ、フランス、日本、中国などで発売中。誌面ではなかなか伝えられないタイムリーな情報や、バックナンバーに掲載されたインタビューなどをこのブログで公開していきます。
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5秒間に60,000枚。30秒間に106,000個。5分間に2,000,000本。一日に426,000台…読者の方々はこれらの数字が何を示すものだかおわかりだろうか?消費大国アメリカでは、毎5秒ごとにおよそ60,000枚ものプラスティックバッグが消費されているのだ。さらに毎30秒ごとにおよそ106,000個のアルミ缶が、毎5分ごとに2,000,000本という途方もない数のペットボトルが捨てられ、毎日426,000台もの携帯電話がその役目を終えるという。これらは全てアメリカの社会において、いま現在も絶え間なく続いている信じ難い現実だ。そんな我々人類がもたらした現代社会に巣喰う深い闇を鋭く切り取る、写真家クリス・ジョーダン。弁護士から写真家に転身した異色のアーティストの「リアル・ワールド」をご覧いただこう。
COOL: 写真を始めたきっかけは?
Chris Jordan(以下CJ): 母は水彩画、父が写真というように、両親がアーティストという家庭で育ったので、私が写真を始めたのは必然の成り行きかも知れません。でも40才ぐらいまで写真は趣味のままにしておきました。私は長らく企業弁護士として、個人的にあまり有意義ではない時間を過ごしていました。そんな私にとって、写真は創造的な逃避手段でしたが、弁護士の職を捨てて、アーティストとして写真だけでやっていく決心はなかなかつきませんでした。しかし40才を目前にしたとき、今のままの生活を続けても、自分が老人になる頃には後悔ばかりが残るのではないかと思うようになりました。そして私はついに弁護士の職を辞してアーティストになったのです。改めて思うと、あれからまだ5年しか経っていないというのは驚きですが。
COOL: あなたにとってアートはどのような意味を持つのでしょうか?
CJ: アートには様々な機能があるけれども、私は「社会を映し出す鏡」としてのアートに特に興味を持っています。人々が自分たちについて気づいていないことを、アートを通じて見せるのです。アートは個人的にも集団的にも、行動の中で無意識に行なっているものを呼び起こす作用を持っています。それはアルコール依存症の人が他人に「あなたは自分では気づいていないかも知れないけれど、アルコール依存症のようですね」などと言うのに似ています。
このように、アートは強力な道具となり得るのです。しかしアーティストには内省や、複雑な問題を尊重すること、そして説教じみていたり偽善的ではなく、また一次元的ではないことが要求されます。私が自分自身を見つめたとき、自分が貪欲なアメリカのいち消費者であることを改めて認めざるを得ません(それはたくさんの素敵な私の所有物が証明しています)。ですから私は、本当はこういった問題について語れる立場にないのかも知れません。しかし同時に、声をあげることはできるのです。アルコール依存症の人は、アルコール依存症だから黙っていなくてはいけないということではないのですから。
COOL: あなたにとって写真の魅力とは?
CJ: 私が思うに、手段としてのカラー写真はユニークな立場にあると思います。様々なアートの形がありますが、カラー写真はその中でも最も具象的と言えるでしょう。他のアーティストたちも、この問題について詳しく検証しています。そして写真が、真に客観的ものには決してなり得ないということを示そうとしています。しかし私は、他のアートに比べ、カラー写真は最も写実的な表現手段であると思っています。だからこそ、まるで鏡のように現実の世界で起こっている様々な事象を鮮やかに映し出す力を持っているのです。
近ごろ私は、実際の尺度で大衆文化を描こうとしたのですが、消費やゴミの問題がアメリカ中に広がり深刻化している現実に、普通の写真では太刀打ちできないことを悟りました。国中の全部のゴミが1ヵ所に集まって、それを写真に撮れる場所なんてどこにも存在しません。だから我々は消費というものがもたらす結果を統計によってしか見ることができないのです。だから私はこの結果を視覚化するために、写真とコンピューターを駆使して現実では作れないイメージを創造しました。これが「Running the Numbers」というシリーズです。
この作品は伝統的な写真とは違うので、これを本当に写真と呼んでいいものか分かりかねますが、多くの人々は私をフォトグラファーとして捉えていることでしょう。「Running the Numbers」には、いくつか実際にはカメラを使っていない作品もあります。それらはインターネットからダウンロードした小さい写真を構成して作りました。
Cell Phones, 2007 © Chris Jordan
COOL: オーディエンスには、あなたの作品をどのように感じとって欲しいですか?
CJ: まずは、社会における巨大で驚くべき数々の問題に立ち向かう、視覚的証拠としての作品です。これらの問題の大きさは統計だけでは計りきれません。だから私はそれを視覚化することで、より人々がダイレクトに感じることができるように描こうとしているのです。
さらには、私の作品が、鑑賞者にとって世界における自分の立場を確認する手助けになればとも思っています。「Running the Numbers」は部品の集積が巨大なひとつの集合体を形成しています。鑑賞者は、作品から離れて見ることでその集合体をはっきりと確認することができ、また近づいて見れば、無数に集められたひとつひとつの部品が集合体を形成していることを確認することができます。集合体というのは、結局はたくさんの部品の集まりに過ぎないのです。わかりきったことのようにも聞こえますが、実はそのひとつひとつにこそ大切な真実があるのです。我々の社会はあまりにも巨大で複雑化していて、人々がこの真実を本当に感じることが難しくなっています。私の作品の目的は、鑑賞者に集団の中における個々の大切な居場所の存在を主張することです。これは人々の、文化における集団的な問題に貢献するかもしれない行動を見ることで、他者に影響を及ぼそうと試みる巧みな方法なのです。
COOL: なぜ環境問題に目を向けるようになったのですか?
CJ: 環境問題のほうが偶然に私を見つけたようなものです。初めて撮影したゴミの集積写真も、純粋に美しいという理由からでした。その写真を引き伸ばして仕事場の壁に貼りました。すると友人が、この写真を見るなり消費者運動について語りだしたのです。私は当時、写真を美しく撮ることにしか興味がなく、消費の問題については全く関心がなかったので、人に作品を間違って解釈されることに悩まされていました。しかし、しばらくすると、私には現代的な世界ともっと深く関わる作品が撮れるということに気づいたのです。それからというもの、消費や大衆文化の問題にどんどん興味が沸いてきました。以前は気にも止めなかった重要な問題の発見に、まるで目が覚めたような気がしました。今でこそ、そういった問題に関心を示す市民であることは事実ですが、これはまさに最近の出来事なのです。以前ならば、消費の問題や環境影響、ましてや選挙に投票することなど全く考えられませんでした。
COOL: 現在は主にどんな問題に取り組んでいますか?
CJ: 「Running the Numbers」を撮り続けながら旅行や演説をたくさんしています。最近では、スタジオを運営するスタッフを雇うことで制作の効率を上げようとしていて、少々参りぎみです。作品に対する周りの反応は想像以上に素晴らしいのですが、新しい経験というものは常に新しい問題を伴うということも分かりました。今では、小さい事業を興してそれを大きくしていった人々に尊敬の念を持っています。私が今ちょうどそれに腐心しているところだからです。
COOL: 今までの人生で最も興奮した瞬間は?
CJ: あれは2007年の始め頃だったと思います。私は自分のウェブサイトで「Running the Numbers」を初めて公開したのですが、わずか数週間のあいだに何十万もの人々が私の作品を見にサイトを訪れたのです。瞬く間に私の作品が、まるでウイルスのようにインターネット中で広がっていく様子に、私は強い興奮を覚えました。その反応は、おそらく人々が世の中でより賢明で道徳的な生きかたをするために、私の作品に何かを熱望しているからでしょう。例え集団における愚行に全員が気づいていたとしても、個々のおこないというものは急には変えられないということが、我々にとって困難を招いているのだと思います。
COOL: 過去の作品で一番印象的な作品は?
CJ: 私にとって「Prison Uniforms」という作品が最も衝撃的です。これは2005年当時に刑務所に収監されていたアメリカ人230万人と同数の囚人服の写真です。アメリカは世界中で最も囚人人口が多い国なのです(中国やインドのほうがアメリカより人口が多いにもかかわらず、囚人の人口においてはアメリカが群を抜いている)。このような国はアメリカをおいて他にはありません。
囚人服のひとつひとつをできるだけ小さくするように試みましたが、230万という数を全て収めるには、最終的に8m×3mという巨大なプリントが必要になってしまいました。この作品の前に立つと、アメリカにおける「自由」の滑稽なほど途方もない巨大さに衝撃を覚えます。
COOL: 将来のヴィジョンについて教えてください。
CJ: この手の質問は、いつか再び無名の頃に戻らなくてはならないような気を起こさせるので怖いですね。今年は「Running the Numbers 」を展示するための旅行と演説をたくさんするつもりでいるので、実をいうと先のことはあまり考えていないのです。このシリーズが終わればまた新しいことを始めなくてはなりません。もしかしたら次にやることのアイディアが無くなって、新しいものを作れなくなってしまうかと思うと恐ろしいのです。それはリスクですが、私は別の道よりも敢えてリスクを選びます。別の道とは、同じ場所に留まること、成功を繰り返すこと、そして新しいことに挑戦することに対する恐れなどです。私は弁護士として10年間もそういったことをやってきたので、安定というものがどういうものかわかっています。私にとってそれは高い代償ではありますが。
COOL: ファンの皆さんに何か一言。
CJ: いつか日本での展示を実現させたいと心から願っています!
Interview & Photo by Taiyo Okamoto
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