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『COOL』は、世界で活躍するアーティストやニューヨークで注目のアートシーンなどを紹介していくアートマガジンです。創造するということ、かっこいいものを見ること、そこから感じる何かを世界中で共感できたらおもしろい!文化が違うとこんな違ったかっこよさもあるんだ!そんな発見・感動をしてもらえるボーダレスなアートマガジンを目指しています。現在、全米各地やカナダ、フランス、日本、中国などで発売中。誌面ではなかなか伝えられないタイムリーな情報や、バックナンバーに掲載されたインタビューなどをこのブログで公開していきます。
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遊戯室(中崎透+遠藤水城)@水戸で、ベルリンを拠点に活動しているアーティスト増山士郎の、日本では4年ぶりとなる個展が開催される。アーティスト自身がドミトリータイプのホテルを運営。以下の特設サイトからホテルの詳細が確認できるほか宿泊予約も可能。※宿泊以外の展示観覧は無料

http://hotelplayroom.com

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増山士郎/ Shiro MASUYAMA「ホテル遊戯室 / HOTEL PLAYROOM」

2009年4月25日(土)〜2009年6月14日(日) ※土日祝・祝前日のみオープン

時間:13:00-19:00
*オープニングパーティー 4月25日(土)17時より
*トークセッション 増山士郎×中崎透×遠藤水城 5月3日(日)17時より
「アーティスト・イン・レジデンスに参加することの意義とは?」
会場:遊戯室(中崎透+遠藤水城)
   〒310-0061 茨城県水戸市北見町5-16キワマリ荘内/遊戯室
   JR水戸駅より徒歩12分。水戸芸術館より徒歩10分。
   ※駐車場はありませんので、車でお越しの方は近くのコインパーキングをご利用ください。

増山士郎 Web サイト
http://shiromasuyama.net

遊戯室(中崎透+遠藤水城)Web サイト
http://playroom.kiwamari.com
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© Fumiko Toda


ニューヨーク在住のアーティスト、杜多史子(トダ フミコ)が、ニューヨークのDUMBO地区にあるSafe-T-Galleryにて個展を行なう。様々な種類のInsects(昆虫)たちが織りなす不思議な世界を、繊細で美しいタッチで描き出す。

会期:2009年4月23日〜5月30日(オープニングレセプション 4月23日 6時〜8時)
会場:Safe-T-Gallery


Information
www.fumikotoda.com


ニューヨークと日本を拠点に活動するアーティスト、ウエノユミコの作品展が、23日より、神戸の和スイーツカフェ yuddy にて行われる。国内外に熱狂的なファンを持つウエノユミコの最新作が多数初公開される。テーマは『“食”と“アート”』の融合。双方が織り成す「美味しい」ハーモニーを、目と舌で堪能することができる。

会場:cafe yuddy
会期:2月23日(月)〜3月14日(土)
お問い合わせ:nonocaand@optonline.net

壁に取り付けられた様々な形態の物体。光に照らされたそれらの物体から人の横顔や歩く姿、座り込む少女といった“影”が浮かび上がる。一瞬、わが目を疑ってしまうような摩訶不思議な光景に思わず息を飲む。ニューヨーク在住のアーティスト山下工美が創り出す幻想の世界だ。日本でも「奇跡体験アンビリーバボー」や「金スマ」といった番組で取り上げられ、にわかに注目を浴びた彼女だが、その素顔は至って自然体。そんな彼女に、雑誌メディアとしてはじめてニューヨークのスタジオで独占インタビューを行なった。

COOL: まず山下さんの経歴を教えてください。

Kumi Yamashita: 中学を卒業後、日本の高校に入りましたが、すぐにアメリカの高校へと留学しました。その後、イタリアへ渡り、またアメリカに戻って大学を卒業しました。
スコットランドを訪れた際に、グラスゴー大学の建物に魅かれたことで、そのまま大学院に入学しました。

COOL: アートをはじめたきっかけを教えてください。

Kumi: はっきりとはわかりませんが、あえて言えば幼稚園の頃からだと思います。いわゆる“お絵かき”が大好きでいつも描いていました。母親の顔を描いて
髪など紫に塗ったりして(笑)、母親にも先生にも褒められたのを憶えています。その時点で正しい絵の描き方、マニュアルみたいなものを押し付けられていたら、今の私はなかったかもしれません。

COOL: 現在の「影」を使った作品は、どのようにして生まれたのですか?

Kumi: これも、“いつ”とかは自覚がないです。やはり小さな頃から“光と影”に魅かれていたのではないでしょうか。夕暮れ時に変化していく空を見て、いちいち母親に報告していたぐらいですから。その変化する様子や影などを“きれい”と思ったのでしょう。私が“きれい”と思うものは自然の中で発見することが多いです。多くの人はそうだと思いますが、特に私は“きれいだ”と感じるものに対してに特別な興味を持つ傾向にあるようです。

COOL: 最近、日本のメディアでも取り上げられて話題になっていますが、何か身の回りで変化はありますか?

Kumi: 全くありません。実は話題になったことも知りませんでした。ただ、自分が全く考えてもいなかった感想などを聞く機会は多くなり、多種多様の視点で捉えられた自分の作品についての意見を聞けるのは、とても興味深くて面白いです。作家の観点や意識を超えた新たな発見が第三者から聞けると、「えっ、そうだったんだ!」と思ったりして(笑)

COOL: 日本のテレビ番組に出演した感想は?

Kumi: 疲れました(笑)。ニューヨークから作品を持って行き、ほとんど徹夜状態でスタジオ内に設置・展示しましたから。私の作品は、光を当てながら一から組み立てて現場で仕上げます。当然作品は毎回微妙に変化していて、全く同じものというのは二度と作れないのです。

COOL: インスピレーションの源は?

Kumi: 常に“Happy”な状態でいることではないでしょうか。楽しい状態をキープできていれば、自然とアイデアが湧いてきます。アイデアを求めようとすればするほど、良い作品はできません。良い作品ができるときというのは、必ず自分自身が楽しんで制作しているときです。その楽しい状態が少しでも崩れてくるようであれば、制作はいったん中止して全く違うことをやったりします。例えば、セントラルパークの野草摘みツアーとかに参加したりして(笑)、楽しい気分を違うフィールドで味わいます。私にとって“Happy”な状態であることは普通であると同時に、とても大事なことでもあるのです。

COOL: 影響を受けたアーティストはいますか?

Kumi: あまり他の作家の作品を見ないし、よく知らないのですが、あえて言えば、ギリシアのパルテノン神殿建築に関わったフェイディアスという彫刻家が好きです。神殿の屋根の上に制作した彫刻群のエピソードを聞いてからとても興味を持ちました。
フェイディアスはアテネのパンテオンの庇に建つ彫刻郡を完成させたのですが、アテネの会計官は彼の支払い請求書に対して「彫刻の背中は見えない。見えない部分まで彫って請求してくるとは何事か」と怒り心頭で支払いを拒否したんです。そこで彼はこう応えたんですよ、「そんなことはない。神々が見ている」…この話を聞いてからとてもフェイディアスが好きになりました。作品と言うよりも彼の作品制作に対する精神面な部分に強く共感したからです。

COOL: NYに移った理由は?

Kumi: 「セサミストリート(アメリカでもっとも有名な子供向けテレビ番組)」を見て育ったので、(ニューヨークには)昔から自然と興味を持っていました。あまり歳を取ってから来るとハードではないかと思い、2年くらい前に移ってきました。特にアートに接するためとかいう目的ではありません。実を言うと、最初はとても恐怖感のほうが強かったんです。でも実際の暮らしはとても自然体でいられて楽しいです。ここは外国人がいない街だと思います。だから人間対人間というレベルで人と接することができるんだと思います。それが楽しい理由のひとつかもしれません。

COOL: 作品制作のプロセスは?

Kumi: プロセスですか…先ほども言いましたが、私の作品作りの一番大事な部分は常に自分が楽しいと思える状態でいられること。この状態でないと絶対に納得のいく作品は作れません。楽しい状態であるときには、アイデアが自然と湧いてきます。意識してアイデアを考えることはありません。アイデアが浮かんできたらそれを紙の上にスケッチします。その後に実際に立体の作品へと移ります。まずは床の上で基となるパーツを置いて横から光をあてながら作っていきます。それができたら今度は実際に壁に移していくのです。

COOL: 影の部分と影の基になる原型が全く違う形で、いわば抽象から具象を生み出すともいえます。その発想はどこから?

Kumi: まずは実際の影をモデルにして、そこから影の基となる作品制作に移ります。私自身はとても具象的なので、抽象をする作家さんをとても尊敬してしまいます。抽象の世界は私には考えもつきません(笑)作品の発想がどこなのかは自分でも全くわからないのです。上のほうからこうやって(アイディアが)降りてくるような(笑)気がついたら手が勝手に動いていたみたいな感覚ですね。

COOL: 山下さんにとって「アート」とは何ですか?

Kumi: この間、友人と話をしていた時に偶然、会話の中で発見したのですが、「アート」とは「Act of God」なのではないかと。作品づくりの中で常々思っていることは、自分が作っているのではなく、もっと高いところにいる何か、それがGodなのかはわからないけど、自分ではない他の誰かからの啓示を作品として表しているのではないかと思っています。

COOL: 今後の活動と将来の展望について教えてください。

Kumi: 全くわかりません(笑)将来の自分の作品をどう展開しようとか考えたことはありませんが、どうしたら楽しく生きていけるかという事はいつも考えています(笑)なぜなら私にとって“楽しく生きる”ことこそが、新しいインスピレーションの源や新しい作品を生み出す力となるからです。良い作品をつくることさえできれば、後の展開は自然に良い方向へと広がっていくように思っています。それって楽観的すぎます(笑)?


Interview by Sai Morikawa, Photo by Akiko Tohno
ギャラリーの壁面を覆い尽くすCGを駆使した巨大な作品「エレベーターガール」。映画のセットのように丹念に作り込まれた仮想空間の中で、幾人もの同じ制服姿のエレベーターガールたちが思い思いのポーズをとる。老婆の顔をした少女たちが演じる、ユーモラスな中に残忍さを覗かせる自己の心象風景を銀塩写真で切りとった作品「フェアリーテイル」シリーズは、まるでお化け屋敷にでも迷い込んだかのような印象を見る者の脳裏に強烈に焼きつける。そうかと思えば「マイグランドマザーズ」シリーズでは、モデルに特殊メイクを施し、モデル自身が思い描いた「50年後の自分がいる未来の世界」を様々なかたちで演出している。



Eternal City I, 1998 ©Miwa Yanagi

今年ニューヨークで初の大規模な個展を行なった京都在住の美術作家、やなぎみわ。やなぎの自己表現への貪欲なまでの渇望と制作意欲、美術という表現手段を駆使する純粋な表現者としてのストイックな姿勢は、アーティストと呼ぶよりはむしろ美術作家と呼ぶほうがピタリとくる。そんなやなぎだが、実は最初から美術作家を目指していたわけではないのだという。

京都市立芸大在籍中は日本の伝統工芸を学んだ。しかし、制作のプロセスがあらかじめ決められた伝統工芸にもどかしさを覚え、大学院に進んでからは布を使ったインスタレーションの制作を始めた。素材を自由に使い、自己表現の可能性を模索しつつ、次々と新しい作品を生み出していった。ところが、卒業を機にやなぎはぱたりと制作を止めてしまう。まるで憑き物が落ちたかのように制作への意欲は急速に失われた。それから3年間、美術史を教える教員としてアパートと教室を往復するだけの日々が続いた。

毎日通勤電車に揺られ、教室で講義をすることだけを繰り返していた自分。閉ざされた日本の社会の中でアイデンティティーを失い、ただ日常を演じ続ける。そんな自分の姿を投影した「エレベーターガール」シリーズ。

もともと学生時代には作品をつくることが日常となっていたやなぎにとって、一切の制作を止めてしまったという事実が、ずっと心の片隅に引っ掛かっていた。その一方で、毎日の通勤途中に通過する交通機関や商業施設、その中でせめぎあう消費と労働、社会の中で演技し続けねばならない人々の行為に興味を抱いた。と同時に、デパートのエレベーターガールに奇妙なシンパシーを感じていた。「エレベーター」という閉ざされた空間の中で日がな一日、昇降、ドアの開け閉め、儀礼的なアナウンスを繰り返す彼女たちの姿に、毎日教室の中で美術史を教える教員としての自分の姿を重ね合わせていた。

「ただ純粋に彼女たちをモチーフとして自分の作品に取り込んでみたいと思った」というひとつの動機が、やなぎの中で燻っていた創作意欲を呼び覚ました。なんのプランも立てず、アートとしての成立云々を考える間もなく、ギャラリースペースを借り、そこへ生身のエレベーターガールたちを持ち込んだ。それがのちにやなぎの最初のシリーズ作となる「エレベーターガール」の始まりだった。

やなぎは、日本の現代社会という閉鎖されたひとつの共同体の中で心地よく生きる術を無自覚のうちに身につけてしまった現代人の倦怠感や陶酔感を、エレベーターガールを通して表現しようとした。しかし実際には、生身の人間を使ったがゆえの本物の「生々しさ」や、自分ではコントロール出来ない予想外の出来事などが、やなぎが思い描いていた人形を並べたような無機的な世界のイメージとはかけ離れた作品にしてしまった。そこから今度は自分の描いたリアリティをコントロールするために、写真などを媒体として使う作風へと移行していった。

海外から日本にリサーチに来ていたキュレーターに見初められ、偶然にもたらされた新たな転機。そして初の海外展への参加。

1996年、キュレーターに勧められるがまま、ドイツで行なわれた大規模な国際展「プロスペクト’96」に参加し海外デビューを飾ったやなぎ。だが本人に当時の海外への意識を問うと意外な答えが返ってきた。「当時はまったく海外のアートシーンを意識したこともなかったですし、美術作家とはどういう者かも知りませんでした。自分の作った作品が売れるということやそれを生業にすることも知らなかった。作品を気にいった人が『あなたの作品を売ってくれないか』と聞いて来ても、その意味が分かりませんでした(笑)」。

近年でこそ、日本も欧米の影響を受けて商業画廊が増え、作品が売れることによって美術作家として生計を立てることができる人も出てきた。美術作家を育てようという風潮や、それ目指す若者たちも国内外を問わず積極的に自分たちを売り込むようになった。しかし90年代当時、日本でギャラリーといえば大半は貸画廊だった。ましてや、やなぎは学生時代、コンテンポラリーなアートシーンとは隔離された伝統工芸の世界に生きていた。そんな状況の中で美術作家としての自覚を持たないままに「マイグランドマザーズ」や「フェアリーテイル」といった新シリーズを次々と発表していった。2000年以降、ヨーロッパではやなぎへの評価はどんどん高まり、ドイツ銀行をはじめとした美術財団などがやなぎの作品を次々とコレクションしていった。

Series of Fairy Tale: Gretel, 2004 ©Miwa Yanagi


前の作品の反作用から次の作品が生まれる」。コンセプチュアルな作品から工芸的な作品への回帰。自己の中と外を行き来しながら、制作というやなぎ本来の日常を取り戻す。

「自分の好きなことはあまり長く続けたくないんです」。やなぎは自分が好きなシリーズだった「フェアリーテイル」を意識的に完結させた。それは上手くなることを嫌うからだ。自分の好きなことを続けていくことは当然楽しいことだし技術も向上する。しかし、その魅力に無自覚に囚われているとどんどん閉鎖的になり、いつしかそこに留まってしまう。好きなことだからこそ敢えて続けない。そして「毎回、作品の必然を自分に問いつつ、新しいことには挑戦する」ことが大事だという。

ファンに向けたメッセージを求めると、やなぎは表情を崩して笑った。「よくレクチャーなどに行くと、会場で『前のシリーズが好きだったんですけど、今回のシリーズは全然違う』というようなことを言われるのですが、新しい作品を出すときは作家にとって最も恐ろしく、見る人には最も美味しい瞬間のはず。予定調和で馴れ合わない対話が、作品を通して立ち上がるときなんですよ。」常に新しい出発点を求めるやなぎの作品づくりは決して様式化しない。だからやなぎの新作は常にファンを裏切る。それは美術作家としてのやなぎが持つ魅力のひとつに違いない。そして私たちは、やなぎの新作とその「裏切り」を密かに心待ちにしているのだ。

Series of Fairy Tale: The Little Match Girl, 2005 ©Miwa Yanagi


やなぎに、アート以外にやってみたいことは何かと尋ねると、「身体性を取り戻すような行為や生活に挑戦する可能性はあるかも知れません。今まで少々身体を放ったらかしにしすぎた。もちろん制作につなげるためにね」という答えが返ってきた。アート以外の「趣味」として聞いたつもりだったが、そんな答えを返してくるところがなんともまたやなぎらしい。

(文中敬称略)

Text by Sei koike, Photo by Akiko Tohno
言語
English / 日本語
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